10分で古い倉庫のような駅に着いた。ヒュ−ストン駅は想像したより小さく古い。バスは駅の東側に止まった。構内への入り口に「改札口」がない。その為に構内には切符なしで入れる。中央付近に平屋建ての事務所や売店がある。天井は鉄筋むき出しの橋梁の上に、石炭の煤煙で真っ黒になった「トタン」屋根が乗っている。まるで「トンネル」の中に居るようだ。西側の「トンネルの出口」は、ポッカリとかまぼこ型の口が開いている。そこから夕暮れの「鈍い橙色」の太陽が見えている。「ゴ−ルウエイはあの空の下だ」と思った。小さい喫茶店には、発車待ちの客が数人お茶を飲んでいる。売店の左側に電話機が4台ある。プラットホ−ム「入り口」には、「常設」の改札口がなく簡素な鉄製の「衝立」が立っている。出発前にはそれが改札口となる。もちろん自動改札機はない。駅は「JRのロ−カル駅」のようだ。プラットホ−ムの東側に、土産屋と鉄道案内所がぽつんと建っている。屋台のような土産屋で果物が置かれている。客は一人もいない。鉄道案内所は平屋の古いプレハブで、正面の窓ガラスを通して中が見えている。旅行客が2人程入れる空間と、フロント用のカウンターがある。その奥に一人の若い女性職員が見えている。 発車迄1時間ある。この案内所でゴ−ルウエイのB&Bの予約について尋ねる事にした。入り口は開きっぱなしで中に入ると、受付の彼女は、黒に近い栗色の髪をしている。細身の優しそうな若い女性だ。薄化粧で目の色と鼻筋を除けば日本人だ。「ゴ−ルウェイのB&Bの予約は出来ますか」と聞くと、彼女は表情を変える事なしに、「ここは鉄道の案内だけで、B&Bの予約はできません」と答えた。僕は「どうも・・・、ゴ−ルウエイの i で尋ねます」と、彼女に礼を言った。すると、すぐに彼女の表情が変った。彼女は僕が言ったことに、何か「疑問」を感じたようである。僕は、再度「礼」を言って案内所から出ようとした。その時彼女は「ゴ−ルウェイの i は5時には閉まります。あなたが着いた時には、もう閉まっています」と心配そうな表情をした。空港の i は9時頃まで開いていたように思えた。一回目の大失敗である。「最悪の時は、ホテルで泊まればよい。もしホテルがだめなら、駅もある」と、心の中で自分に言い聞かせた。「この放浪の性格は、いつまで経っても直らない」と時々反省する。 「ありがとうございました。ゴールウエイに行ってみます」と部屋から出ようとした。その時、彼女が「ちょっとお待ちください、ゴ−ルウエイに連絡を取ってあげましょう」と窓の向こうから言ってくれた。「お願いします」とお礼を言った。彼女は「ニコッ」と笑って狭い奥に入って行った。i の女性同様に笑顔が素敵だ。仕切窓の向こうに小さい部屋が見えている。彼女は持ってきた書類を見ながら、目の前の電話で誰かと話し始めた。何一つ表情を変えることなく、話し続けている。彼女の左手が、リズミカルにメモ帳の上を走っている。アンナ同様女性の左手で書かれるアルファベットに魅力を感じる。彼女は僕にメモを渡しながら、「ここに3軒のB&Bの電話番号と住所、そのオ−ナ−達の名前を書いてあります。ゴ−ルウエイに着いたら、直ぐに電話してください。その汽車の到着は、8時前になるでしょう」と言った。「助かりました。かならず電話します」とお礼を言って案内所を出た。暫くするとプラットホームに5両編成の汽車が入ってきた。「案内の放送」はまったくない。各車両から多くない乗客が降りてきた。彼女に「お礼」がしたかった。迷わず「屋台の売店」でチョコレ−トを一箱買った。女性にチョコレ−トをプレゼントするのは複雑だ。「わく、わく」しながら再び案内所に入った。「チョコレ−トは、好きですか」と聞くと、「ええ、とても」とニコッとしたので「心からのお礼です」と言ってさしあげた。 発車まで、40分ほど待たなければならない。「何か、すべきことはないんだろうか」と、「暇」が頭の中をゆっくりと質問し始めた。「一度、0181−862−XXXX (ヒ−スロ−空港のタイ航空)に電話をしておかねばならない」と思い始めた。それは、「格安旅券」を買った旅行会社のY担当者から言われていたことだった。彼は、「ヒ−スロ−から日本に出発する3〜4日前に、必ずヒ−スロ−空港のタイ航空に、帰国の確認を入れて貰いたい。そうしなければ、旅券が無効になることがある」と、僕に旅券と注意事項が書かれた書類を手渡しながら言った。僕は、「番号にまちがいないね」と確認しておいた。「はいまちがいないです」と、彼が事務的に答えた事を覚えている。これは、「空席」が確定すればその席のチケットを「再発行」するのであろう。「格安チケット」の安い理由だろう。手持ちのポンド硬貨を全て取り出し、売店横の電話ボックスから電話を掛けた。プッシュ式で灰色のボデ−にデイスプレイがある。テレホンカ−ドとコインが使用可能だ。硬貨を入れボタンを押した。「プ、プ、プ・・・・」と、「話し中」の信号が帰ってきた。もう一度ダイヤルしたが同じだ。「話し中なんだろう。明日ゴ−ルウエイからすればよい」と諦め待合室に戻った。待合室はひっそりしている。日本のロ−カル線で一時間に一本の汽車を待っているようだ。乗客のモラルがよいのか、塵一つない。待合室は壁に沿って木製の長椅子がある。 女子高校生らしき二人が仲良く話している。発車が迫ってきたようだ。彼女たちは話しながら部屋から出ていった。往復の切符を買い(割安)、プラットホ−ムの「改札口」に向かった。構内に乗客達が入ってき始めた。「プラットホ−ム前」の簡素な鉄パイプの「ドア−」が開き、一人の駅員が改札をしている。今まで静かだった構内も活気付いてきた。僕は検札を済ませ、プラットホ−ムをどんどん前に進んだ。各車両の入り口付近に、禁煙と喫煙の印が付いている。車両は完全に分煙されている。車両は古いがよく清掃されている。禁煙の前から二両目に乗り込んだ。どの車両もまだ半分以上が空席である。3両目に、カウンター付きの売店がある。男性の従業員が一人で切り回している。サンドイッチとコ−ヒ−がよく売れている。向こう側の座席に、大学生らしき女性が座っている。彼女も買ってきたコ−ヒ−をテ−ブルの上に置きケ−キを食べている。発車前10分、乗客の数は更に増えた。まだ多くの空席がある。窓際に座り、地図をテ−ブルの上に置き外を眺めていた。発車直前にほぼ満席になった。その後乗り込んできた乗客は、空席を探しながら前に進んで行った。客は、学生や「パ−ト」勤め帰りの主婦が多いようだ。彼女達は小説や本を読み始めた。 汽車は16時25分に発車した。ダブリンから約200km西のゴールウエイまで、約3時間の旅である。「女子大生」の前に2人の中年男が座っている。太った男達でビ−ルを飲んでいる。売店で買ってきた豆のつまみをうまそうに食べている。結構大きな声で話している、ここ迄よく聞こえてくる。彼らは仕事の話しをしている。太った男が、売店に追加のビールを買いに行った。ヒュ−ストンから2つほどの駅を過ぎると、町が消え線路の両側は緑の草原に変わった。「30分圏内(5駅程度)」で、乗客の半分以上が降りてしまった。汽車は緩やかな「丘」を登り始めた。アンナさんのB&Bからバスでダブリンに向かっている時、窓から見えていた「小高い山並み」が、ちょうどこの辺りなのだろうか。さらに次の駅で、ほとんどの乗客が降りて数人になってしまった。窓の外の草原を眺めていると、少々センチメンタルな気持ちになる。汽車は、「ゴットン、ゴットン」と緩やかだが力強く登っている。まるで「この国の国民性」のように生真面目で強い。線路の左右に、広い緑の牧場が広がり始めた。牧草地は数区画に整然と分けられている。「食べる順番」の為に区分けしているのだろうか。放牧されているのは羊が多い。 線路から離れたとこに、一軒の農家がぽつんと立っている。古い白色の平屋のレンガ造りで、母屋の近くに牛小屋がある。家の周りには門や塀はなく、庭に洗濯物が見えている。少し離れた牧草地で、羊の群が草を無心に食べている。丸太造りの柵の中に、3頭の牛が放牧されている。日没が近い夕暮れ、緑がどこまでも続いている。いくらかの駅は、新しい「石」で建て替えらている。それらは、「中世の城壁のイメ−ジ」が強調されている。驚くのは、駅の周りに店や民家が一軒もない。ただ、「駐車用」の空き地があるだけだ。農家は全て、駅からかなり離れた所に点在している。 線路の近くまで牧草地が接近している。羊達の左右に動かしている口元までよく見える。背中には、緑色の「焼き印」が押されている。すっかり日が落ち、汽車は、山間部の「大きい町」の駅に停車した。その時、雲が早い速度で流れ始め、灰色から真っ黒に変わった。超低空の黒雲が、「ビュンビュン」とすごい速さで飛び始めた。天気の急激な変化に驚く。列車は、雨の降る真っ暗闇の中を走り始めた。「ピカピカ、ドーン」と雷でも落ちてきそうだ。しかし、雲の黒さのわりには雨は少ない。 牧草地では、羊達が薄暗い中で、雨に濡れながら餌を無心に食べている。アスロ−ン駅についた時には雨は上がっていた。この駅は、ゴ−ルウエイ寄りの大きな駅で、ウエストポ−トやマリンガ−への乗り継ぎ駅でもある。乗客のほとんどが下車してしまった。出っ腹の男達も濡れたホームを歩いている。15分ぐらいの停車で、汽車は再び発車した。ここからは下りながら、ゴ−ルウエイに向かって行くのだろうか。外は、再び大雨に変わり暗闇の世界になった。車内を見回すと、前方に若い金髪の女性が一人だけ乗っている。真っ暗な闇の世界と人気のない車内、薄明かりが外の闇を照らしている。まるで、メ−テルと哲朗が銀河鉄道999に乗って、暗い宇宙を飛んでいるようだ。しかし、テレビの物語と少々違う。それは、僕が哲朗のような子供でない事と、若い女性は金髪だがメ−テルのようにスマ−トでなく、「ぽっちゃり」としている。そんなことを思い出していたら、「制服」の車掌さんが前方からやって来た。彼は「モサッ」とした風貌で、「物語の車掌さん」とよく似ている。その制服までが、999の車掌のものとそっくりである。彼は乗車券を集めながら後部の車両に消えて行った。ゴ−ルウエイが近いようだ。汽車の窓から、人家の明かりが多く見られる。8時前にゴ−ルウエイ駅に着いた。雨はすっかり止んでいた。 |